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畳8畳

狭いですがゆっくりしていってください

18歳の初春、高校の卒業式に出席をせず、その見込み書だけを自宅に届けてもらい、僕は東京で大学入試を受けていた。

 

そして失敗。人生の大敗を喫した。

西日本の方田舎、村の人口なんて3桁ほどで、10分もあれば全員の名前を言えてしまう。

 

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友人達から貰った沢山のお守りの数々も虚しく、事後報告会では更に気を遣わせる結果になった。地元で就職を選んだ友人から、目標を諦めず東京の予備校に通うなんて、オレには出来ないと、励ましてくれた。新しい門出だ。と皆祝ってくれた。

 

言葉は自分よりも何倍も大人だった。

 

予備校の学生証が自宅に届いた時、いよいよ勝負が始まるのだと緊張したのを覚えている。中央線沿いにある予備校は、小規模ながら実力で言えば都内でも名門で、高校の受験勉強中に読む大学入試向け資料でも必ず広告が出ていた程だった。

情報源が限られた田舎町には、メジャーなメディアにメジャーな広告を載せる事が人々の洗脳の一歩であった。そのうちの1人が自分だ。それしか頼るものが無いから仕方がない。

 

最初は一人暮らしを目指していた。経済的な理由と受験に集中するため、社会人と学生が多く暮らす寮に入った。

 

何から何まで初めての体験で、駅構内で矢印の多さに驚き、ビルの窓の数に驚き、自分よりも高い場所、ビルの2階3階辺りに走る車や電車のシャシーをポカンと見つめていた。ただの車でさえ、ただの電車でさえ、昔想像で組み立てた立体プラレールが現実のものになっている東京に圧倒されたのだ。

 

街の作りだけではなく、交友関係を含むその複雑で難解なエニグマのような社会構造は無機質に感じた。自分の単純で稚拙な鍵でアクセスできてしまうプライドが馬鹿馬鹿しくもあり、有機的にも感じた。

 

 

寮では、寮母が作る飯を食堂で食べるのが日課だった。

朝晩自分のリクエストとは全く違う物を食べるのだ。

 

プラスチック容器でまとめられた食器にご飯とおかずを入れて、ビニールのクロスが張ってあるテーブルに置く。蛍光灯の光とテレビの光が、センスの悪い花柄のポットを余計虚しく演出していた。

 

友人は最初いなかった。色んな職業 年齢差の人達を見かけた。服装は皆ジャージで、時折スーツのジャケットを脱いだだけの人も居た。分厚い眼鏡を掛けた中分の茶髪、やんちゃなグループ、年齢職業不詳のおじさん、アフロヘアの長身。皆何をしているんだろうと、どこから出てきて、何を目的に東京に来たのか。想像が膨らむばかりだった。

 

入寮し、3ヶ月が過ぎようとする頃、食堂は扇風機からクーラーに変わり、夏らしいメニューが増えてきた辺り、大浴場で僕は、かなり年上のおじさんと世間話をする仲になっていた。

その人は大阪で保険関係の仕事をしていて、新宿に支社があるんだと言っていた。僕の受験を知っていたおじさんは気分転換にと、ゴッホの画が飾ってある美術館の入場チケットを2回くれた。 

 

月日は流れ、秋口には部屋に遊びに来る友人と、挨拶をする程度の友人が出来ていた。

食事の時間になると皆で食堂に向かった。沢山馬鹿な話をした。工事現場勤務や日雇い大工、音楽の専門学校生に美容師の卵、日本語の勉強をする外国人、同じ学校に通う予備校生。

 

寮で暮らす、数十人もの人間の多様な生き方を、その生々しさとドラマを、24時間感じることができるリアルな場所は、こんな所以外存在しないと思っている。

 

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食事の時間、主におかずを平らげて二杯目のご飯へと移る割合が多い事が統計でわかった。ある日、友人5人とテーブルを囲んだ時の事。

全員がお茶漬けをした。友人がふりかけを買ってきたのだ。

 

しかし全員の作法が違った。

ある人間は熱い緑茶をたっぷり、ある人間はお湯を少しだけ、ある人間は冷たい麦茶で、ある人間は茶碗のご飯を縦半分に固めて分け、そこにふりかけを全部入れた。

 

「昔から」だと、「自分の家ではこうだ」と作法の違いに皆持論を唱えた。

僕達は流や道を持っていた。これは食に限った話ではない。

剣道や柔道、茶道に華道のように、生活の中で流派を確立していたのだ。

 

隣の哲くんが、自分のを平らげた後、過去経験のない冷たい麦茶でお茶漬けを試した。

彼はそれを気に入った。

 

次の日彼は新しく学んだ作法でお茶漬けを食べていた。

 

 

きっかけはどうこうあれ、流派を広めることは難しい。自分のやり方が皆気に入っているからだ。

 

後ろに人を並ばせていく影響力やカリスマ性は重要だが、一番手の行動というのはバイアスの塊であり、無意識行動の一波に過ぎない為必ずしもその力が全てではない。

実は二番手の、自分の概念を壊しながら興味本位で冒険し、その流派に感動した後の敬うアクションが僕にとっては興味深く、それを知った上でコントロールできる人間こそ本当の革命者であると、寄せ固めたご飯にお湯を注ぎながら感じていた。